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名古屋高等裁判所 平成6年(う)161号 判決

本籍

長野県下伊那郡天龍村平岡一一八七番地の三

住居

名古屋市瑞穂区関取町一三八番地の三

カラオケスタジオ経営

高橋重德

昭和一八年八月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成六年五月二三日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官寺坂衛出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人青木俊二作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。その要旨は、原判決の量刑が重すぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し検討すると、本件は、所得税の脱税の事案であるが、平成元年から三か年分の所得税のほ脱税額が合計一億一七〇七万余円の多額に上り、ほ脱率も通算して九九パーセントを上回るというものである。被告人は、カラオケ機器等の販売、カラオケスタジオの経営によって得た利益に対する課税を免れるため、売上の一部だけを計上して申告したほか、虚偽の販売手数料の支払いを証する証明書を取引先から作成してもらったり、架空の法人に対する販売手数料の支払いを証する証明書を偽造したりするなど、偽装工作までして架空経費を計上するなどの手段を弄し、所得の大部分を秘匿していたものである。

犯行は、将来に備えての営業資金の確保という計画的なもので、動機に酌量の余地はなく、脱税額の高額さ、態様の悪質さからみて、その犯情は甚だ芳しくない。そうすると、被告人は、原判決前に、ほ脱にかかる本税合計一億一七〇七万余円については全額納付したこと、前科としては業務上過失傷害罪による罰金刑があるだけであること、本件につき反省し、未納の延滞税などについても支払うための努力をしていることその他所論指摘の諸情状を考慮しても、被告人を懲役一年六月(四年間執行猶予)及び罰金四〇〇〇万円に処した原判決の量刑は、その刑期、罰金額のいずれについてもやむをえないものというべきであって、重すぎて不当であるとはいえず、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件公訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉裕 裁判官 松村恒 裁判官 柴田秀樹)

○控訴趣意書

被告人 高橋重德

右被告人に対する所得税法違反被告事件につき、平成六年五月二三日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。

平成六年七月二三日

右弁護人 青木俊二

名古屋高等裁判所刑事第一部 御中

量刑不当について

一 原判決は、被告人に対し、被告人を懲役一年六月及び罰金四〇〇〇万円に処する旨を宣告しており、右の刑は、検察官の原審における論告要旨において述べる求刑をそのまま認容したものであるが、右の科刑が本件の事案に照らし、極めて過大なものであることは左記に述べるとおりである。

二 被告人は、もともとサラリーマンの出身であり、昭和三八年三月高校卒業後トヨタ車体株式会社に勤務したが、五年後には退社して更に他の会社勤務を経由し、昭和四八年以降は公害防止機器販売等の物品販売を手がけるようになり、被告人一個人の力をもって、小規模事業を営んできたに過ぎない(被告人検面調書一、二頁)。

昭和六三年末頃からは、エスアイイーなる会社の手伝いとして、カラオケ機器やカラオケ設備の販売を手がけるようになり、更に平成元年からは、被告人自らによるカラオケボックスの販売を手がけるようになり、平成二年四月からは「カラオケスタジオ希林」の屋号で、名古屋市天白区に店を構え、カラオケスタジオ店をもつに至った(同調書二、三頁)。

この間、被告人において或る程度の収益を挙げるようになったのは事実であるが、他方カラオケボックスの販売については、調整区域内に設置したカラオケボックスが撤去を命ぜられる可能性があり、これによって生ずる損失を補うために相当額の資金を要し、その確保を必要としたこと、同じくカラオケボックスの販売については、五年間のメンテナンス保証が必要とされ、これに対応する資金負担を余儀なくされる虞があるなどの状況下にあったものである(被告人検面調書一三頁以下)。

三 以上のとおり、永年にわたり、我が身一つの力をもって物品販売に営んできた被告人において、昭和六三年一二月以降手がけたカラオケ機器、カラオケボックス等の販売において、相当額の売上げを得たとしても、販売にかかる物品のメンテナンスについても保証責任を負担させられるなど、自己の事業の拡大、維持、確保に専念してきた被告人において、右の事業に専念するあまりに、税法上の義務を怠ったとしても、格別に非難されるべき筋合いにはなく、悪質呼ばわりされる場合には当らないというべきである。

四 そもそも、本件事犯はいわゆる脱税事犯と称される場合であり、行政犯の一つである。人間生活の営まれる社会全般に行き亘り、且つ人類の永年にわたる歴史の中で築き上げられてきた、いわゆる実質犯ないし刑法犯とは全くその類を異にするものであり、この分野(脱税事件)に倫理性、あるいは道義性の観念を安易に持ち込むことは赦されないところと言わなければならない。

この点において、脱税事犯に対する国側(税ほ脱事案の処理を相当する)の担当官においては、次の如き理念を展開している。それは「税収の迅速かつ適確な確保を目的として採用されている申告納税制度は、納税者の高い倫理性を前提としているものであるから、脱税犯については、単なる形式犯にとどまらず、実質犯、自然犯として理解すべきであるとの考え方が定着しているところである。脱税犯に対し寛刑をもって臨む場合には、誠実な納税者に税負担の不公平感を醸成させ、ひいては、多数の国民の間で納税意欲を喪失させ、……」(原審検察官論告第二の四項)というのである。

しかしながら、申告納税制度か否かにかかわらず、現時点における社会状況に照らすとき、納税義務者たる者が、国家権力に関与する一部の者を通じて税負担を免れようとし、現にその結果を得ていることが横行しており、国民全般の認識あるいは理念において、納税義務が倫理もしくは道義的な性格のものであるとする見解は、広く定着している状況にあるものとは到底言い得ず、先の国側の見解は、国民全般に適合する見解としては、到底受け入れられない、独自の主張に過ぎないものと言わざるを得ない。

五 以上の経過に照らせば、原審における量刑は、安易に検察側の主張に同調し、刑の量定についてもその結論を同一としたものであるが、その結論が本件事案の内容に照らし、重きに失するものであることは、前項迄の論旨によって明白であり、特に、本件に関する所得税の本税については既に全額納付済みであることその他の事情を踏まえ、原判決が被告人を一年六月の懲役刑に併せ四〇〇〇万円の罰金刑に処せられたことは、厳しきに過ぎ、破棄の上減刑されるべきものと思料する。

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